宇野理論とマルクス

12月20日、独占研究会で「宇野理論とマルクス」というテーマで話すよう注文があり、一年半ぶりに出前にいってきました。

1960年代末、「新左翼」の若者を「宇野理論」が惹きつけた正体は何だったのか? 今となっては、幕末維新の勤王佐幕を大正デモクラシーの世に回顧するようなもの。なので「宇野理論」といっても、私の世代にとっての「宇野理論」はひと味違う、という話を、「正統派」の人たちのまえで、平然と語ってきました。

この種の若者を惹きつけたのは、宇野弘蔵自身も、また直参の「宇野派」のお歴々も自覚していない何かでした。かれらは、もともと「マルクスの収斂説→二段階革命」を拒否し、それなら「世界革命→収斂説「批判」」だろうなんて批判、批判の連続で「アンチ収斂説=純化・不純化論」に漂着してきた連中。だから、上の世代と一緒くたに「宇野派」なんてよばれると、どうも違和感を覚えるようです。

…などと、人ごとみたいにいってしまいましたが、正直にいえば自分一人のことでしかなく。ただ、私としては、マルクスに対しても、宇野に対しても、すべてに対して、つねに「批判的」な姿勢をとってきたつもり。そのあげく気がつけば、「誰々理論」とか「何某派」とかというのが、たとえ自分の名であっても我慢ならない、自己破壊的な困った爺さんになっていた、という笑えぬ話。

さて、当日、研究会で話した内容は、簡単にいうと…

  1. マルクスの資本主義像の基本は収斂説であり、これが20世紀のマルクス=レーニン主義の二段階革命論に改葬されたこと
  2. 宇野の段階論+原理論のコアは、マルクスの収斂説批判=純化不純化論であること
  3. 60年代末の第三世界の民族解放闘争に呼応し先進資本主義諸国における反戦闘争が高揚するなかで、民主化と反独占に運動を集約する既成左翼を根底から覆す新たな資本主義像が、宇野が意図せぬ宇野理論に求められていたこと
  4. しかし、80年代以降、新たな資本主義の地殻変動(帝国主義段階論では想定外の、第三世界における資本主義の新たな勃興)に直面するなかで、宇野の資本主義像を支えている純粋資本主義論を批判し(変容論的アプローチ)、段階論の再構成をはかること(多重起源説)が不可避となったこと
  5. 新たな資本主義像に照らすと、新たな社会は熟成した資本主義のなかから生まれること(営利企業が、生産技術を基礎の効率をはかることができる物的生産をこえ、教育、医療、介 護、育児、学問、芸術文化活動、スポーツ娯楽など、消費生活の諸領域に滲透し軋轢が高まるなかで、新たな労働のスタイルと社会生活の様式が生まれるであろうこと)

といったところ、詳しくは当日配布した報告ペーパー をご覧ください。

報告後にでてきた質問は、マルクスはそんなことをいっていない、宇野の誤読・誤解釈だ、そんなことをいったらマルクス経済学でも、宇野理論でもない、というタイプが多くって、右であれ左であれ権威主義というものは、40年たっても変わりませんね。

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