『資本論』第1巻を読む III 第9回

第13章 機械と大工業 その5

前回は第4節と第5節を読んで議論してみました。第13章は、第1節から第3節までの第1層と、この第4節からはじまる第2層に分かれるという話をしました。実はもう1層あって、全部で少なくとも3層くらいで<構成>されていると考えられます。ということで、今回は第6節からはじめます。

概要

これまでほとんど理論的な研究対象におかれていたなかった節ですが、以下の三つの節は抽象度をあげたうえで、現代に通じる生産と労働の一般理論として再構築すべき内容をもっています。こういうところでは、純粋資本主義の想定を思いきって相対化する必要があります。ここでは基軸となる機械ベースの大工業だけではなく、それが他の経営様式(マニュファクチュア、家内制手工業など)を変革し、またそれが機軸をなす大工業的経営に反作用を及ぼす関係が論じられています。これはけっして「不純な資本主義」のすがたではありません。こうした作用・反作用は、資本主義のもとでつねにはたらいています。ここにこそ資本主義のダイナミズムの基礎があり、これを不純な要因として原理論から捨象して、自己循環的な純粋資本主義の自立性を説くのは、予めきまった結論を導きだすために、その前提を逆算でもとめるようなもので、そうなって当たり前の話に終わります。

第8節「大工業によるマニュファクチュア、手工業、および家内労働の変革 Revolutionierung」

a. 手工業と分業にもとづく協業の排除

タイトルは Aufhebung der auf Handwerk und Teilung der Arbeit beruhenden Kooperation ですから、<「手工業と分業」のうえにたっているところの「協業」>のということで、この「協業」すなわちマニュファクチュアの「止揚」というのが表題の意味のようです。

アダムスミスのピン工場の例で、マニュファクチュア=「分業にもとづく協業」を指し示したあと、これを機械による大工業と比較している。ただ、この機械自体の生産は、逆に手工業的生産の復活を促すとされていて、ちょっと複雑です。

このあと、蒸気機関の賃貸、あるいは機械の賃貸といったかたちをとる「小屋工場」と、本来的工場との競合・淘汰に論及しています。このような異なる経営様式の併存・競合・淘汰という「変容」をもっと理論化する必要があると私は考えています。

なお、この「小屋工場」の例は、固定資本の「リース」の問題になります。ここから、土地所有者と借地農業者の関係、さらに進んでは土地や工場設備の「出資」というかたちをとった資本結合=株式会社論という理論問題に発展する萌芽があります。現金による出資とは別ルートの株式資本論が示唆さているように私には思われます。

b. マニュファクチュアおよび家内労働に及ぼした工場制度の反作用

a. の「排除」が<大工業 → マニュファクチュア・家内工業> だったとすると、このb.は逆の矢印の側面の考察ということになるのか、とはじめは思ったのですが、内容を読むとこれとは違うようです。a.は、文字通りの「排除」Aufhebung で、マニュファクチュアはなくなるのですから、そのマニュファクチュアが他に反作用を及ぶすことはありません。b.の反作用の意味は、機械経営で成立した児童労働・婦人労働=cheap labour が、マニュファクチュアに浸透するという話で、影響を受けるのは、やはりマニュファクチュアの側のようです。マニュファクチュアが残るわけですが、そのままのかたちで残るのではなく、「機械を利用するかしないかを問わず」チープレーバーを利用するかたちに変質する。どうやらこれを「反作用」とよんでいるようです。こうしたかたちで、基軸となる工場経営の周辺にさまざまな様式の「外業部」auswärtige Departement が存在することが指摘されています。

c. 近代的マニュファクチュア

はじめにでてくる「前述の諸命題」とはなにでしょうか。b.にでてくる

  1. 機械経営の原理の浸透
  2. チープレーバーの導入

あたりでしょうか。この項は、「前述の諸命題」の「例解」だとされています。

具体的には、バーミンガム周辺の金属マニュファクチュアなどが紹介されています。この例解にしたがうと、「近代的マニュファクチュア」の定義は「本来の工場以外の大規模なすべての作業場」S.498一般、ということになりそうです。

d. 近代的家内労働

レース製造が例に挙げられています。

e. 近代的マニュファクチュアおよび近代的家内労働の大工業への移行。それらの経営諸様式への工場法の適用によるこの変革の促進

「近代的」の意味は煎じ詰めると「機械を使っている」ということのなるのでしょうか。

アパレルにおける「ミシン」Nähmaschine に注目しています。この分野を変えた「決定的に革命的な機械」die entscheidend revolutionäre Maschine だというのです。このミシンの分析はもっとなされてよいと思います。紡績機や織布機とはかなり性質がちがう「機械」なのではないでしょうか。私の直感では、ミシンはむしろコンピュータに近い存在です。

「機械」の導入で、チープレーバーが支配的となり、その結果、悲惨な労働条件が一般化する、このため、「工場法」の導入が不可避的になり、機械経営=本来の工場への移行が進む、というのが基本的な話の筋でしょう。

このなかで「工場経営の本質的条件は…結果の正常な確実性、すなわち、与えられた時間内に一定分量の商品または所期の有用効果を生産することである」S.499 といっています。私はよく「生産技術の客観的確定性」などといってきたのですが、ここらを引用したらよかったかもしれません。もっとも、こんなふうに『資本論』の記述を「権威づけ」に利用してはいけないといってきたのですが、ただし『資本論』にこう書いてあることだよ、というと、それだけで納得する人は少なくありません。

以上が「工場法が、マニュファクチュア経営の工場経営の転化」を促進するという話で、このあと「資本投下の増大の必然性によって、小親方の没落と資本の集中」S.501が進むという内容が、この項の終わりまで続きます。

第9節「工場立法(保健および教育条項)。イギリスにおけるそれの一般化」

はじめに「保健条項」(安全管理のための規制)に1パラグラフ割かれています。

「教育条項」(就学の保証)について、第2パラグラフの終わりのところには「ロバート・オーウェンを詳しく研究すればわかるように、工場制度から未来の教育の萌芽が芽ばえたのであり、…」とあり、労働と教育の分離ではなく、有機的な結びつきを教育の本来の姿と考えているようです。

第3パラグラフは、「すでに述べたように」と前節e.を示唆し、ここでは、徒弟制と異なり、資本主義のもとでは、児童労働が徐々に熟練してゆく可能性を大工業が封じている点が強調されています。だから、「大工業」のもとでは初等教育が必要だ、ということになるのでしょう。

第4パラグラフは、かなり長いですが、マルクスの将来社会のイメージが一般的なかたちで示されています。大工業を否定するのではなく、それが資本主義のもとでは、労働を一面的なものに固定してしまう点に批判が向けられています。資本主義的な制約を取り除けば、「大工業の本性」において、全面的で発達した労働を必要とする、という論法だと思います。この論法が適切かどうかは留保しますが…

大工業は、資本の変転する搾取欲求のための予備として保有され自由に使用される窮乏した労働者人口という奇怪事の代わりに、変転する労働需要のための人間の絶対的な使用可能性をもってくることを — すなわち、一つの社会的な細部機能の単なる担い手にすぎない部分個人の代わりに、さまざまな社会的機能をかわるがわるおこなうような活動様式をもった、全体的に発達した個人をもってくることを、死活の問題にする。(S.512)

第5パラグラフは、工場法と家族制度の関係ついて論じている、ちょっと興味深い内容です。

資本主義制度の内部における古い家族制度の解体が、どれほど恐ろしく厭わしいものに見えようとも、
大工業は、家事の領域の彼方にある社会的に組織された生産過程において、婦人、年少者、および児童に決定的な役割を割り当てることによって家族と男女両性関係とのより行動な形態のための新しい経済的基礎をつくりだす。(S.514)

ここまで「大工業」を積極的に評価できるか、これはまだ「大工業」がその全容を現していないがゆえにいえたことなのではないかと思います。

第7パラグラフのはじめの部分で、これまでの記述がまとめられています。そして、このあと、公表された工場法関係の資料を引用しながら、当時の現状がレポートされています。最後にもう一度、工場法は大工業の必然的産物であり、その一般化は「過剰人口」の最後の避難場所を破壊し、「新しい社会の形成要素と古い社会の変革契機とを成熟させる」(S.860)と結んでいます。

第10節「大工業と農業」

第1パラグラフは、農業機械についてふれたものですが、ちょっと長めの第2パラグラフでは、自然環境の問題が取りあげられています。資本主義農業は略奪的だという観点です。ここでも、資本主義は既存の関係を一方で破壊しながら、他方で同時に、新しい関係を準備するという論法が繰り返されています。

それゆえ、資本主義的生産は、すべての富の源泉すなわち土地及び労働者を同時に破壊することによってのみ社会的生産過程の技術および結合を発展させる。(S.529)

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