『資本論』第一巻を読む V:第8回

  • 日 時:2018年 12月27日(第4木曜日)19時-21時
  • 場 所:文京区民センター 2階 E会議室
  • テーマ:『資本論』第1巻 第24章第4-6節

第24章「いわゆる本源的蓄積」その2

第4節から第6節まで読んでみます。第24章は大きく区切れば三部構成です。

  1. 第1節から第3節は「鳥のように自由なプロレタリアートの創出」がテーマでしたが、
  2. 続く3つの節は「資本家たちはどこからきたのか?」がテーマです。
  3. 最終第7節の「歴史的傾向」は「資本主義のゆくえ」がテーマです。

1と2を合わせれば、資本主義の生成が説明できそうですが、そう簡単にはゆきません。こうした通俗的解釈に疑問を投げかける力は身についたはずです。純粋資本主義論の単一起源説か、はたまた変容論的原理論による多重起源説か、資本主義化の道を単線的に考えるか、複線的に描くか、が分岐のカギになります。

資本家的借地農場経営者の創世記

表題の「資本家的借地農場経営者」は kapitalistischen Pächter (capitalist farmer) の訳語です。
「創世記」は Genesis です。旧約聖書の「創世記」を示唆するのでしょうが、この単語を頼りに深読みすることは避け、「起源」という日本語で読んでゆきます。ただ「資本家的借地農場経営者」のほうはそうはいきません。日本語でただ「農民」と訳したのでは、まったく理解できなくなります。Pächter = farmerが

  1. 「借地人」であること(自分の土地をもたないこと、地主ではないこと)
  2. 「経営者」であること(必ずしも自分で耕するわけではないこと)

を明示することは必須です。

資本家たちの起源

われわれは、鳥のように自由なプロレタリアの暴力的創出、彼らを賃労働者に転化させた血なまぐさい訓練、労働の搾取度とともに資本の蓄積を警察力によって増進させた厭うべき元首と国家の行動、これらのことについて考察してきたが[←これが第1-3節の要約です]、次に問題になるのは、資本家たちは本源的にはどこからきたのか? ということである。

この複数形の「資本家たち」die Kapitalisten は、①それぞれ違う創世記をもつ3種類の資本家なのか、あるいは②はじめの「借地農場経営者」から「大工業資本家」まで発展してゆく一連の資本家たちなのなのか、ここでは明示されないまま、借地農場経営者の起源の話に進みます。こういう二分法をたてると、必ず『資本論』はそんな形式論理じゃない、といった反発を喰らうのですが、単純でないのは百も承知です。しかしだからといって、あれこれ細部を探って、自分が混乱しわからなくなると「弁証法的だ」などといってごまかすのは、少なくとも「理論」としては最低です。現実の歴史が複雑なのはたしかですが、そこから純粋に複雑な対象を抽出できれば、二分法ベースの純粋に単純な理論の積み重ねで説明できるはずです。なにもかも同じ平面に並べて一度に説明しようとすると、理論的な説明はすぐに挫折しますが、基礎から順々にくみ上げてゆけば、複雑な現象に少しずつ接近してゆくことができます。言うは易くなすは難し、ではありますが、基本的にどっちなのか、注意してみたいと思います。

このあと借地農業者の起源は長期にわたり国によって区々だから、手さっぐりでやってみるしかないが、と留保をおきます。

イギリスの場合

しかしこのあと、実際に論じられているのはイギリスの場合だけです。「資本家的借地農場経営者」型の farmer の誕生はイギリス特有な現象だという研究もあります。

第2パラグラフは「最初の形態」荘園の管理人からの自立の道。

彼が農業資本の一部分を提供し、ランドロードが他の部分を提供する。S.771

というのは「地主が資本を提供する」と読むとむずかしい問題になります。地主が土地を「貸す」のではなく、現物で「出資」するかたちだと解釈すると、これは事実上、資本結合になります。

農業革命と価格革命

第4,5パラグラフは「資本家的借地農場経営者」の階級としての確立過程です。第4パラグラフは「農業革命」(といってもいろいろあるのですが)、第5パラグラフは、—「価格革命」という用語はでてきませんが — 物価上昇下での固定貨幣地代の軽減です。ただ、長期間の固定貨幣地代が、なぜイングランドで普及していたのか、の説明はありません。

短いですが重要な節です。資本家の起源をまずもって「借地農場経営者」からはじめたことは、資本主義の起源を農業における資本賃労働関係の成立に求める「農業資本主義論」に通じる内容です。ただ、この節が第5,6節とどうつながるのかは明示されていません。

商人資本が産業資本になるとか、金貸資本が産業資本になるというストーリーはでききません。「貨幣の資本への転化」をよむと、そして宇野弘蔵の資本形式論に馴染んだものはよけい、しっくりこない話になっています。読みようによっては、荘園のなかから、所有と経営の分離のようなものが進んで、借地農業資本家は誕生する、ということになります。

工業への農業革命の反作用。産業資本のための国内市場の形成

表題の「工業」はIndustrie です。また「産業資本」は industrielle Kapital です。Industrie は論争の的となった用語です。ちょっと先になりますが、注238 をみてください。

ここで言う産業的 Industriell とは、農業的 agrikol と対立した言い方である。「カテゴリー上の」意味では、借地農場経営者 Pächter は工場主 Fabrikant と同じように産業資本家である。S.778

通常は農業と対をなす工業は、製造業 manufacure だと思いますが、ここでは Manufature は分業に基づく協業をベースとした独自の「経営様式」の意味で用いられています。日本語の「工業」という用語が明治期にどういう経緯で導入されたか、定かではありませんが、今日では初等教育の段階からだいたい「農業」の対概念として用いられています。そして、「産業化」は「工業化」とほぼ同じ意味で用いられ、農業化という用語は存在しませんが、農業的な発展を産業化に含めることはありません。この『資本論』の注は、カテゴリー的には「産業=工業+農業」という広い範疇を受け入れています。この包括的な「産業」とは何か、明示されていませんが、おそらく序余を生む、プロフィットを生むという含みになりそうです。労働に関して「生産的・不生産的」という区別が存在しますが、広義の「産業」は「生産的」に重なるのだと考えられます。しかし、この点は明示的な概念規定がなされていません。この点が曖昧なまま、「産業資本」という用語が工場主を暗示し、資本主義化=産業化=工業化と考えられています。この点は第5節でもう一度考えてみます。

農業における生産力の上昇

第1パラグラフでは農業革命が農業からの労働人口の「遊離」の基礎であるとされています。この遊離は食料の遊離をうみ、それは「可変資本の素材的要素に転化する」といいます。工業原料も同じで、やはり不変資本の素材的要素に転化するというのです。この「転化」は、資本についてこれまで中心として騙られてきた「貨幣の資本への転化」とはかなり異なります。この第24章の第二部(資本家の起源論)では、ここまでなぜか、資本の核になるべき貨幣がでてこない点には注意すべきです。

集中集積問題

第2,3パラグラフの中心テーマは生産規模の問題です。

以前は、それを自分で栽培して家族とともに少しずつ紡いでいた無数の小生産者のあいだに分配されていたが、いまでは、自分のために他人に紡がせたり織らせたりする一人の資本家の手に集積 konzentrieren されている。

マニュファクチュア論は、すでに分業とマニュファクチュアでみたように、同じ手工業的基礎にたちながら、生産組織(経営様式)の違いで、規模の有で小生産者を工場(熟練に依拠した手工業でも)が凌駕する、大規模性に資本主義的生産様式の第一の基礎を見いだす、というものでした。この節の議論は基本的にこれによるものです。

第3パラグラフではこの大規模性の問題が、分散的農村市場に対する統一的な「国内市場」の形成に結びつけて論じられています。

農村家内工業の破壊のみが、一国の国内市場に、資本主義的生産様式の必要とする広きと強固な存続とを与えうるのである。S.776

A.スミスの場合には、市場の広さは分業に深さにつながるのですが、『資本論』の場合には生産単位の規模の拡大=協業=集中・集積になっています。

本来的マニュファクチュア時代

第4パラグラフは固有の意味でのマニュファクチュア型経営様式の過渡期的性格が述べられています。「本来的マニュファクチュア時代」die eigentliche Manufakturperiode が実在したかどうかは、かつて大塚史学と宇野が対立したところです。このパラグラフは過渡期性を示唆していると読みますが、大塚史学では独自にこのマニュファクチュア型生産様式が支配的である時期の存在を実証しようとしていたと思います。うろ覚えですが、学部の授業で高橋幸八郎先生から、「厳密な意味でのマニュファクチュア」略して「厳マニュ」という訳語で教わったような記憶(錯覚)があります。

この節を一つのタイプの資本家の創世記だ、と要約したのですが、読書会での議論をふりかえってみて、続く産業資本へ化の創世記のための準備であり、独自の資本家像を提示するものではない、という読み方も成りたつことがわかりました。①「資本家的借地農場経営者」②「大マニュファクチュア経営者」③「産業資本家」の三タイプ並行説的な説明をしたのですが、それは私が自分の資本主義多重起源説を投影してしまった面があります。この説で登場する②に関しては、要約でも少しふれたように、実は「資本」が登場しないのです。「可変資本の素材的要素に転化する」というのですが、これはまず「可変資本」が存在して、労働力に対して賃金が支払われ、その賃金で食料が買われる一連の取引が、「可変資本の素材的要素に転化する」ということの内実です。農業生産力が上昇し食料の余剰が形成されたからといって、これが直接「可変資本」に転化するわけではありません。可変資本を含め、要するに資本を投じて労働者を雇用する資本家が別個に存在しなくてはならないのですが、この節は「マニュファクチュア」に資本を投じる主体が見つけにくいのはたしかです。その意味で、独立の「資本家の創世記」ではない、という読み方も成り立ちます。思い返せば、「マニュファクチュア論争」でここに「厳密な意味でのマニュファクチュア時代」を認めるかどうか、喧喧囂囂やり合ったわけのも宜なるかな、解釈だけで決着はつきそうにありません。

宇野弘蔵は重商主義段について、これをマニュファクチュアの段階とみることを否定して、独自の商人資本論(内実は問屋制家内工業を外から統括する資本です。私はこれを「商人資本」と一括することに無理があると思いますが)が支配的な発展段階だと主張しました。その意味では、この節を過渡期とか部分的で支配的ではないとかいうかたちで消極的に位置づけたことになります。ここですべてを説明することはできませんが、結論だけ述べると、原理論レベルにおいて私は「マニュファクチュア」型の資本を産業資本の一つの型として認めています(『経済原論 — 基礎と演習』など)。開口部を具えた変容論の一つです。ただこれは、資本主義の発展段階論において、マニュファクチュア段階を設定するということとはまったく別です。「厳密な意味でのマニュファクチュア時代」には与しませんが、原理論において、資本主義的な経営様式が「機械制大工業」に収斂する、純粋な「資本主義的様式」は一つだ、という純粋資本主義論にも与しません。読書会でも「あなたの話はアレもキラい、コレもキラい」ばかりで正体がつかめないと、なかなか厳しことをいわれています。最近ではやむなく、変容論的原理論に基づく多重起源説的段階論だ、と答えているのですが、二重三重に屈折した内容で理解してくれる人は希です。

産業資本家の創世記

この節はたいへん複雑です。さまざまな側面が列記されていて、それらの間の関連をつかむのは容易ではありません。資本主義はどのようにして誕生したのか、という起源問題に答える中心ポイントなのですが、複雑で私の目には未整理にみえます。

高利資本と商人資本

第1パラグラフが非常に厄介です。私の読み方ですが一言でいうと「産業資本家の起源は高利資本や商人資本だ」というものです。しかしこの前に、

  1. 借地農場経営者のように漸進的ではなかったこと
  2. 独立小生産者→小資本家→”文句なし”の資本家という「転化」があったこと

が述べられています。このあとに次の一節が続きます

しかし、この方法のカタツムリのような歩みは、一五世紀末の諸大発見によってつくり出された新たな世界市場の商業的要求に照応するものでは決してなかった。しかし、中世は二つの相異なる資本形態、すなわち、きわめてさまざまな経済的社会構成体のなかで成熟して、資本主義的生産様式の時代以前にも”とにかく”資本 Kapital quand même <überhaupt> として通用する二つの形態 — 高利資本と商人資本とを、伝えていた。

quand même というのはフランス語で今でもよく使われる常套句のようで anyway といった意味です。この文脈でいうと、「ともかく」は「通用する」にかかるのではなく、「ともかく資本」という存在であるという意味です(昔の長谷部訳では「『でも』資本として意義をもつ」としてこの「『でも』資本」に傍点をふってひとまとまりであることを示していました)。

漸進的でないことと、中世以来ずっと存在してきたこととがすぐには結びつきませんが、この古くから存在してきた資本が、15世紀末の新大陸発見を景気とする急激な変化に対応して産業資本の一変した(斬新的でない)と読むべきでしょう。だとすれば上の引用した文の後ですぐ、これらの資本が産業資本になったと明確に書くべきなのですが、ここで匿名著者=実はホジスキンからの内外引用が本文に組み込まれてしまって、どう転化したかのか、肝心のプロセスが隠されてしまっています。

以上のように第1パラグラフは難解なのですが、基本は以下のように解釈しました。

  1. 第2センテンスの冒頭の「疑いもなく…」Zweifelsohne = without doubt たしかに、小生産者からはじまる漸進的な道もあるにはあったが、それでは不充分であり…
  2. 「だが」Aber … 別個に商人資本が古くから存在しており
  3. こちらは15世紀末の急激な変化に対応できた(←書いてないですが)

第2パラグラフはこの高利資本・商人資本が生産に進出することに抵抗があったという話です。

高利と商業とによって形成された貸幣資本は、農村では封建制度によって、都市では同職組合制度によって産業資本への転化をさまたげられた。

「貨幣資本」が「産業資本」へ「転化」するという規定も、揚げ足をとるつもりはありませんが、「貨幣」が「資本」に「転化」するというのとは違い、正確な表現ではありません。

植民制度

この後、注244のまえまでのところで「一七世紀末には植民制度、国債制度、近代的租税制度、および保護貿易制度において体系的に総括される」 「本源的蓄積のさまざまな契機」S.779 が論じられてゆきますが、このうちいちばん長いのは植民制度です。植民制度はどのような意味で「本源的蓄積の契機」なのか?「資本集積 Kapital-Konzentration の強力な槓杆」S.782 ということでしょうか。ただの貨幣ではなく、「集積」が重要な追加要因で、これではじめて「資本」となるのでしょう。

国債制度

魔法の杖を振るかのように、不妊の貨幣に生殖力を与えてそれを資本に転化させ、そのためには貨幣は、産業的投資や高利貸的投資にさえつきものの骨折りや危険を犯す必要はない。S.783

ここではもともと存在している貨幣が、資本に転化するかたちになっています。ただ、このあと、追加的に課税してこの税で次々に国債を増発してゆく話がでてきます。こちらは国債残高が増大するかたちですから、既存の貨幣が資本に転化するのではなく、もとになる貨幣自身の額が増大することになります。しかし、国家財政が拡大することと、それが資本歌の創世になることとの間には溝がありますが、この関係は明確に述べられていません。

ここまでが「本来的マニュファクチュア時代」の話ということになります。

大工業の誕生

注244 のあとから「大工業の幼年期」に移ります。ここで述べられているのは、①児童労働と②奴隷労働への依存(隠れた)です。

綿工業はイギリスに児童奴隷制を導入したが、それは同時に、合衆国の従来の多かれ少なかれ家父長的であった奴隷経営を商業的搾取制度に転佑させるための刺激をも与えた。一般に、ヨーロッパでの賃労働者の隠蔽された奴隷制は、その台座として、新世界での路骨な奴隷制を必要とした。S.787

産業資本家の創世記、起源を説明するという観点からいうと、これらはどこまで必須な契機なのか。こうした観点からもう一度考えると、『資本論』の記述は、現実の歴史過程をまとめたものとなっており、なにがないと産業資本は誕生しないのか、という理論的な絞り込みが不充分に思えます。今日の視点から、あらためて資本主義はどのように発生したのか(するのか)、検討する必要があります。

あらためて、第24章をふりかえってみると、次のような問題が浮かびあがってきます。

  1. プロレタリアートの創出と、資本家の起源の関係。第24章の前半3節で詳説された、農民が土地から切り離され、プロレタリアートとして長期にわたって排出される過程と、後半3節における資本の創世記の関係が不明。プロレタリアートは、借地農業資本家やマニュファクチュアに雇用されたのか?最後の産業資本の場合も、児童労働と奴隷が強調されており、肝心の賃金労働者本体のゆくえが不明。
  2. 三つの資本家の関係。それぞれ独立の「創世記」をもつのか、それとも、— 借地農業資本家からマニュファクチュアへの移行はなさそうだが— マニュファクチュアから大工業型産業資本への移行はあるのか、大工業資本家は、商人資本や高利資本から転化したようにみえるが、第6節を読んでみると、これらの個別資本が発展してそのまま産業資本になったわけではなく、個別資本では不可能な集積にとって、国家の役割が決定的だったようにも読めます。国家の役割は、なくても可能な転化を補助したというより、むしろ必須なものにとれます。
  3. 労働力の壁にぶつかった商人資本や金貸資本が、産業資本に移行したというのではないようです。第4章「貨幣の資本への転化」を読むと、G — W — G’ の限界が指摘され、労働力商品が価値増殖には必須であることが示唆され、資本家はこれを市場で見つけることができるという前提で、第5章に移っていました。この流れからいうと、労働力商品が存在すれば、貨幣は資本に転化できるはずです。そして、第24章の前半では、「鳥のように自由なプロレタリアートの創出」が明らかにされたので、これで「貨幣の資本への転化」の前提は充たされた、で終わりそうなのです。第4節以下の三つの資本家の創世記は、第4章と整合的でないように思えるのです。おそらく、こうなったのは第24章が単に「資本主義の起源」=労働力商品化ではなく、「本源的蓄積」=集中集積論となっているためではないか、と思います。資本主義の発生にとって、大規模化という第二の側面は必須なのか、再考の余地がありそうです。

私は資本家の起源に関する3節は、イングランドのかぎっても複数あったことを示していると読みます。プロレタリアートの創出もある意味では複数の過程が考えられそうですが、『資本論』のテキストに即していうと、それらの諸過程は、数世紀にわたって基本的に同じレール上を突き進んでいった、ということになりそうです。ところが、「資本家たち」のほうはそれぞれの「創世記」をかかえています。今回はこの側面に力点をおいてまとめてみました。借地農場経営者は事実上資本結合から出発して、ちょうど株式会社化の逆方向で自立した資本になっていったわけですし、また、「本来的マニュファクチュア時代」の大工業は基本的に既存の分散個別マニュファクチュアの合成、集中集積によって資本家として自立するわけです。「産業資本家」の場合も、ここで描かれているのは植民制度や国債、あるいは児童労働や奴隷制など、その創世における外的補完の必要性です。

『資本論』のテキストに読みとれる内容が史実として正しいというわけでも、また理論的に一貫しているというのでもありません。ただ、一点明らかなのは、資本主義の起源を論じた第24章「いわゆる本源的蓄積」が、第4章「貨幣の資本への転化」の補論ではないということです。私が馴染んできた「純粋資本主義論」では、「貨幣の資本への転化」に相当する箇所を「資本の三形式論」として説明するのが常套でした。原理論という論理レベルですから、もちろん、歴史的実在としての商人資本や金貸資本ではなく、資本の異なる三つの側面を示す「資本形式」だという点が強調されてはいたのですが、基本は資本は流通過程の内部にその発生源をもつが、ただ無数の産業資本が遍在するには、資本の力では形成できない労働力商品化が必須となるとして、この外的必須条件を第1巻の最後においたのは『資本論』の卓見だとされてきました。ここは私の解釈が一方的になっているかもしれませんが、あえて逆に読めば、この労働力商品化という条件さえ与えられれば、流通論で説明できる資本はただちに産業資本に転化するということになります。労働力商品の形成過程は国によってさまざまだとされるのですが、資本主義の成立プロセスは単一の純粋形をもち、これとの対比で各資本主義の成立過程が類型化されるわけです。

ところが第24章を読んでみてわかるのは、資本主義の起源において充たされなくてはならないのは、前半3節のプロレタリアートの創出だけではなく、異なるパターンの資本家の創世記があるということです。繰り返しますが、この内容が正しいというのではありません。ただ、資本主義の起源をどのように論じたらよいか、という方法論、アプローチといて正しい面をもつと考えています。資本主義の生成・発展をとく場合、この生成・発展を単一のレールで描く単一起源説ではなく、異なるレールを具えた複線型の起源説で考える必要があるという点は、『資本論』を批判的に読みかえすことでつかみだせるのではないと思うのです。

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください