2012年度/夏学期

阪口正雄「『資本論』における交換問答」輪読

ehara

欲望から切り離した価値の評価

なぜ、阪口論文を取りあげたかというと

  1. obata はかつては、価値形態論を「交換を求める形態」として捉えてきた。
  2. その後、「交換を求める形態」と「価値形態」を区別する(レベルを異にする)と考えるようになった。
  3. 「交換を求める」(動機)--> 「価値が表現される」(結果)という説明は、『基礎と演習』の説明。
  4. 最近では、「交換を求める」ことの延長線上に価値表現を位置づけること自体に問題がある、と思いはじめている。
  5. 商品に内在する価値という考え方を明示すると、これを表現するということが必然となる。
  6. 「表現」と直接的「欲望」の実現とは異なる。
  7. 「欲望」がなくても「表現」は成り立つ。
  8. 何のために? --- 商品はそれ自体「資産」である。「資産」としての「価値」を評価する。
  9. ....

W ---> W' から W ===> G ---> W' というかたち(だけ)で、G の存在を説明することの不充分さを感じている。

阪口論文は、かなり早い時点で、宇野派の

obata


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