唯物史観との関係 †
『経済学批判』序文の場合:生産力一元論 †
上部構造 | 家族制度 | マルクス主義フェミニズム 生産力一元論 |
下部構造 | 生産力 → 生産関係 |
『家族・私有財産・国家の起源』序文の場合:生産力・人口論の二元論 †
上部構造 | 家族イデオロギー | マルクス主義フェミニズム 資本主義と家父長制的二元論 |
下部構造 | 生産力 → 生産関係 |
繁殖力(人口) → 家族形態 |
人口論 †
- 古典派は、生産力の増大ないしは生産規模の拡大が自然人口の増減に影響を与え、またそこから影響を受けるという、人口法則論を展開した。
- マルクスは生産力の増減と積極的に人口の増減との連動性を論じる立場をとらない。資本蓄積ー生産力上昇は、雇用人口を縮小さえる。相対的過剰人口を自ら生産するという点を強調した。自然人口の生産ではなく、過剰人口の生産である。だから、人口制約は問題にならないという立場である。過剰人口は自然増とは独立に人口問題=窮乏化法則を生むという理解である。
- 宇野弘蔵は一方的な過剰人口を累積させるのではなく、吸収と反発を繰り返すことで、人口法則を景気循環のうちに捉える立場をたてた。これは基本的にはマルクスと同様に、資本主義は自然人口とは独立に自立的に発展できるという考え方である。
- 現在、人口問題は重要な課題として再浮上している。人口は生産力とは独立に増減する(反古典派的)。自然人口の増減は生産力と矛盾を生む。この点では、自然人口とは独立に経済は発展できるとするマルクス主義に大使邸、反マルクス主義的立場を打ちだす余地もある。
女性の自己決定権 †
これは、イデオロギーの問題である。歴史の流れは、普遍的な女性の自立であったとか、あるいは、あるべきである、というのは、特定の価値判断である。このような主張は正しいかもしれないし、そうではないかもしれない。絶対的な意味では決定できない。どうして、このような考え方が登場し、社会的な通念と現在なったのか、この点は後から振り返ってみると、そうなる必然性を見いだすことができる。しかし、将来に対して必然的な決定が支配しているわけではない。過去を振り返ってみると必然的だが、将来に対しては可能性の束が与えられている、と考えるべきである。