#author("2019-10-03T08:21:18+09:00","default:obata","obata") #author("2019-10-03T08:21:51+09:00","default:obata","obata") CENTER:[[前回>2019年度/冬学期/第1講]]<<冬学期/第2講>>[[次回>2019年度/冬学期/第3講]] ------ #qanda_clearckl #qanda_setstid(2019-09-26 16:10:00, 90) #qanda_who ------ CENTER:&size(25){&color(yellow,navy){労働する能力};}; -今日は人間の「労働することができる能力」=「労働力」について掘りさげてみます。 -労働力は、物理的な「力」あるいはエネルギーではありません。 -「労働する能力」とは''目的意識的''活動をおこなう能力です。 -「目的を設定する」ことが、活動の出発点になります。 #qanda_set_qst(2,1,0){{ コンピュータに「目的を設定する」能力をもたせることはできるだろうか。 }} #qanda(2,1) #divregion(解答,admin,lec=2,qnum=1) -できません。 -目的をもつのは、なんらかの欲求をもつため。 -身体をもたないコンピュータは、欲求ももたないから。 #enddivregion #qanda_set_qst(2,2,0){{ 原始的な道具である石器をつくることを考えてみよう。 「石で石を割る」とき、二つの石は対等か? }} #qanda(2,2) #qanda_set_qst(2,3,0){{ 「目的」Xの<対>をなす用語Yは何か。XとYの関係は? }} #qanda(2,3) #divregion(解答,admin,lec=2,qnum=3) -[[石器をつくる>https://tokachiisi.com/page5/sub6.htm]]にはスキルがいる。 -「手段」でしょう。 -「石で」の石が「手段」です。 -「石を」の石は「目的」か、というと.... -まだ、割れて尖ったすがたの「目的」のすがた shape にはなっていない。 -割れたら尖るだろうな、というイメージをやどしている石です。 -これを「目的」にこれから変わろうとしている「対象」とよぶことにします。 -「原料」と「材料」とか、いうのがふつうかもしれませんが、ちょっと一般化して'''タイショウ'''です。 //-「対象」 ---「手段」---> 「目的」 |CENTER:|CENTER:|CENTER:|c ||手段|| ||↓|| 対象|→|目的| |対象|→|目的| -[[make>https://ejje.weblio.jp/content/make]] の「コア」図&ref{make.png};はなかなかイケています。 -ただ、Bのように「手」でこねるだけでなく、道具(=手段)をつかって整形します。 -石と石がぶつかって「''割れる''」のは「自然過程」(「生産」「消費」レベル)の過程です。 -これに対して、石で石を「''割る''」というのが「労働過程」になります。 -目的をきめて、意識的にそれを追求する過程だからです。 #enddivregion #qanda_set_qst(2,4,0){{ 「対象」 ---「手段」---> 「目的」に人間はどのように関わるのか。といっても、答えにくいでしょう。 ①「対象」 ---> 「目的」を関連づける人間の能力さす単語は? ②「手段」はどうするものか、これも単語で答えてみてください。 }} #qanda(2,4) #divregion(解答,admin,lec=2,qnum=4) -イメージとコントロールではどうでしょうか。 -なぜカタカナ語なのかは、追求しないでください。 #enddivregion #qanda_set_qst(2,5,0){{ 「手段」も人間がつくるものです。 「目的」から逆算して「手段」はつくられます。 《「手段」がつくれる》ということは、《《「手段」をつくる》のための「手段」がつくれる》ということです。 ①《「対象」 ---「手段」---> 「目的」》と②《「対象」 ---> 「目的」--->「手段」》を完全に分離することはむずかしいでのですが、コンピュータはこの分離を強制します。 さて、質問です。コンピュータを使う場合、②のことを何とよびますか。②でいちばん重要な要素は何でしょうか。 }} #qanda(2,5) #divregion(解答,admin,lec=2,qnum=5) -プログラミング -もし、手段がコントロールするものだとすると、コントロールのコアは、'''条件分岐'''。 -if ( ... ) { .... } が記述できることが、手段を「組み立てる」プログラムの原始的要素。 -実は、石で石を割って石器をつくるときにも、プログラミンはおこなわれている。 -ただ実際の石を割る過程では、①のなかで割れ具合を目視し(知覚作用)、逐次的に②の条件分岐がおこなわれている。 -コンピュータでは、さきに手順を全部プログラミングして、それから①の実行に移る必要があるのです。 #enddivregion #qanda_set_qst(2,6,0){{ コンピュータはプログラムをかけるか? }} #qanda(2,6) #divregion(解答,admin,lec=2,qnum=6) -できません。目的意識をもたないからです。 -目的は人間のイメージのなかにあります。 -プログラミンは、目的から意味の要素を取り除き、目的に関係なく動くよう、if A then B else C 型の実行可能な「手順」に組み立てる作業です。 -ただし、「手順」に組み立てる作業は、下位にゆくけばゆくにつれ、同じ手順にゆきつきます。 -プログラミングの全体をコンピュータがおこなうことはできませんが、コンピュータにその一部を書かせることはできます。 -エディターで "if" と打ったとき、"if( ) { }" と補助入力させることは可能です。 -ただ、なぜそこでその条件で条件分岐するのか、はプログラマーが考えるほかありません。 #enddivregion