「動物のカラダはモノの反応過程という性格をもち,人間
もこの面を共有している.しかし,人間の活動には他の
動物にみられない特徴がある.内的な欲求というレベルでは,人間も他の動
物と大差ない.しかし,人聞は何を欲しているかを意識し,対象として自覚す
る.空腹感の充足は,生肉にかじりつくようなかたちで充足されるのではな
く,何かしら特定の料理のかたちを経由する.欲求は目的として客観化され,
その目的を実現することで満たされる.
このような欲求の対象化・客観化は,(1)個々の主体の間で,目的の共有
や調整をはかることを可能にする.これには,人聞が広義の言語を発展させ,
弾力的なコミュニケーションの能力を具えていることが深く与っている.さら
に,(2)欲求を意識することは,目的と手段の分離を促す.この分離は,何
層にも深化する.目的に対する手段もまた目的化され,その実現のための下位
の手段が生みだされ,さまざまな手段は複雑な連鎖をつくりだす.両効果は,
後に述べるように,(1)協業と(2)分業という労働組織の座標軸をきめる.
このように目的を設定し,それを意識的に追求し達成することを,目的意識
的とか,合目的的とかいう.他の動物では,このような目的と手段の分離は明
確ではない.刺激と反応という,本能的行動に支配されている.むろん人間の
活動にもこうした側面はある.人間も睡眠中や休息時には,目的を意識するこ
とから解放される.授業中など何となくボーッと過ごしていることもある.し
かし,24時間,これで過ごせる幸せな人はいないだろう.ただ,目的が
労働主体の欲求と直結している場合には,その目的は必ずしも強く意識されな
い.自分の食欲を満たすために,調理し食事をする活動では,何をつくり,ど
う食べるかなど,いちいち考えなくてもすむが,お客様をもてなすとなるとこ
うはゆかない.目的意識的な活動は,直接的な欲求から距離のある手段を生み
だす場合に強く求められる.不測の事態に備えて食料を備蓄する場合には,直
接的な欲求なしに,将来の状況を想像して活動する.こうした場合に活性化す
る,人間に特有な目的意識的な活動を労働とよぶ.」102-3頁