『資本論』第1巻を読む II 第1回

第4章 「貨幣の資本への転化」

第1節「資本の一般的定式」

資本とは何か、これは Das Kapital という書物の主題でしょう。商品、貨幣の規定をうけて、第4章はこの問いに答えるものです。第1節「資本の一般的定式」は、これに簡潔に答えているようにみえますが…

商品流通は資本の出発点

最初の3パラグラフです。
* 資本の発生に関して、歴史的な発生論理的な生成の関係はどうなっているのでしょうか。

形式的比較

このあと14パラグラフくらいかけて(註4まで)、「貨幣としての貨幣」 W —G —W と「資本としての貨幣」 G— W —G の比較論が続きます。
* 「流通形態」とか「単純な商品流通」とかいった用語がでてきますが、ちょっとどういう意味か、第1章から第3章にかけての用語法との整合性を考えてみてください。
* 貨幣蓄蔵(者)との比較がでてきますが、これは資本(家)を説明するうえで適切でしょうか、これは註7の直前のパラグラフで詳しく論じられていますので、そこで…
* 比較を通じて、G— W —G’でなければ意味がない、とないう論理で資本の規定につなげているように読めます。昔から、この論理はちょとへんじゃないかといわれてきたところです。
* 資本の発生を説明しているのではなく、資本の特徴を W— G — W との比較を通じて説明しているのだと読めばすむのかもしれませんが
* より深刻な問題は、この比較論によったため、資本の概念が、貨幣にウエートをかけた規定になっている点でしょう。貨幣で始まり、貨幣で終わるとか、貨幣の増加が資本の運動であるといった規定です。
* 「転化」という用語もちょっと注意が必要です。「商品の貨幣の転化、貨幣の商品への再転化」(S.162)という「転化A」と、「貨幣が、資本に転化し、資本に生成する」(S.162)という「転化B」は、次元が違うのじゃないか、といわれてきました。たしかに… この区別が明確にされないことで、貨幣増加と価値増殖の区別が明らかにならなくなったという人がいるのですが、どうでしょうか?難問です…
* 「剰余価値」という用語もここではじめて登場します。このあと頻出する用語ですが、ここでは売買差額で増加した貨幣といった内容で、剰余労働に基礎をもつ価値という一般の規定とちょっとズレています。

自己更新性

つづいて、上で規定した資本の運動 G — W — G’ の特徴が3点ほど論じられてゆきます。はじめは註4のあとの長いパラグラフで「資本の運動には際限がない」と結ばれています。
* なぜエンドレスになるのでしょうか?
* 貨幣で終わるから…
* この回答は、貨幣のウエートをおいた資本概念にもとづく説明です。
* 自己更新性は資本概念のコアです。そうであればこそ、どういう理由でエンドレスになるか、は充分検討する必要があるでしょう。
* アリストテレスによる家政術と貨殖術の区別が註6で紹介されているが、これも資本の運動を貨幣の増加であることの補強でしょうか。

貨幣増加

註7の直前のパラグラフです。
* 貨幣蓄蔵者との対比が中心ですが、資本家も貨幣蓄蔵者も目的は同じというのでよいかどうか。
* かりにそうだとしても、資本家の動機で資本の運動の特徴を規定してしまってよいかどうか。

自己増殖

続いて、註10のあとの3つのパラグラフで、資本の本質的な規定がでてきます。
* 商品も貨幣も「価値そのものの実存様式」であるといいますが、わかるように言い換えるとするとどうなりますか?
* 「価値の運動」というのを認めない人もいます。価値というのは、商品の価値か、貨幣の価値か、どちらかで、資本という第三の価値は存在しない、という人には、どう答えたらよいでしょうか?
* 商品の価値の話からずっと積み上げてきた難しい議論は、このパラグラフの内容を矛盾なく、明快に説明するためだったはずです。テストのつもりで、じっくり読んでみましょう。

一般的定式

最後に、G — W — G’ が「一般的」である理由が簡単に述べられています。
* 「産業資本」にも「利子生み資本」にも通じるというのですが、詳しい説明はありません。
* ヘタをすれば、貨幣を増やすことが、資本の運動だ、といった通俗的な資本観に逆戻りしそう…
* ここで解決がつく問題ではありませんが、重要な問題だと思います。いずれまた…

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