**7.15ゼミ報告について [#m77a5c16]
>[[中村宗之]] (2005-07-02 12:51:16 (土))~
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 マルクスに道徳的要素をまったく認めないアルチュセールやレーニンについても、準備する時間があれば簡単にふれる予定です。この立場は、ジェラスの論文では省略されていますが、キムリッカやぺファーが扱っています。~

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-「&ref(2005年度夏学期/marxandjustice04.doc);」が訳と要旨の最終稿です。レジュメはこれから作成します。 -- [[中村宗之]] &new{2005-07-09 01:09:34 (土)};

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**正義の概念構造 [#icbd6533]
>[[obata]] (2005-07-17 20:26:58 (日))~
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正義というのが~
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(1) 複合的な価値の合成概念なのか、~
(1) 複合的な諸価値の合成概念なのか、~
(2) 諸価値のうちの一つなのか、~
(3) 諸価値を超越する価値なのか、
~議論してみた。~
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正義の概念が、たとえば、自由・平等・効率といった、諸価値の合成であるとすると、これらの諸価値をどのような比重で取りそろえるか、さまざまなかたちの正義があることになる。時代によって正義のかたちも変わってくる、ということになるであろう。~
(1)正義の概念が、たとえば、自由・平等・効率などといった、諸価値の合成であるとすると、これらの諸価値をどのような比重で取りそろえるか、さまざまなかたちの正義があることになる。時代によって正義のかたちも変わってくる、ということになるであろう。~
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あるいは、自由や平等とならぶ位置に、正義という価値もある、という立場も考えらえる。~
(2)あるいは、自由や平等とならぶ位置に、正義という価値もある、という立場も考えらえる。~
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逆に自由と平等の間に対立を調停するような、超越的な基準が正義である、という立場もあるであろう。このように考えると、正義というのは、それ自身に特定の内容があるのではなく、諸価値の調整原理という意味になり、その意味でニュートラルに時代を超えた調整原理として存在するということになる。正義というのは、調停の手続きの問題で、その結果生まれる特定の状態を意味するというわけではない、ということになる。たとえば、正しい手続きで結ばれた契約なら、その契約の中身にかかわらず、正義は貫かれている、というような考え方になる。~
(3)逆に自由と平等などの間の対立を調停するような、超越的な基準が正義である、という立場もあるであろう。このように考えると、正義というのは、それ自身に特定の内容をもつのではなく、諸価値の調整原理という意味になり、そのかぎりでニュートラルに時代を超えた調整原理として存在するということになる。正義というのは、調停の手続きの問題で、その結果生まれる特定の状態を意味するというわけではない、というわけである。たとえば、正しい手続きで結ばれた契約なら、その契約の中身にかかわらず、正義は貫かれている、というような考え方になる。~
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このあたりが明確に詰められないと、既存の(あるいは自分の)「正義」観を前提にして、搾取は正義かどうか、などという主観を言い合うだけで終わるのではないか、と懸念される。~
このあたりが明確に詰められないと、既存の(あるいは自分の)「正義」観を前提にして、搾取は不正かどうか、などという主観を言い合うだけで終わるのではないか、と懸念される。~

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-報告者としては、たとえばそのようにいくつか考えられる正義の概念のうち、マルクスはどれに依拠しているのか、あるいはどれにも依拠していないのかといったことを、マルクスの文章に即して考えてみたいと思っていました。 -- [[中村宗之]] &new{2005-07-18 23:58:46 (月)};

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