2005.6.24報告

疑問点

obata (2005-06-24 12:29:31 (金))

侘美原理には以前からわからないことがいくつかありました。おたずねします。

  1. 「固定資本の一般的更新は、恐慌・不況という、資本の価値破壊・減少を介して初めてなされるのであって、それは、蓄積=剰余価値の資本の転化=資本量の増大、を問題にする蓄積論において能く説きうることではありえなかった。」というのですが、蓄積論というのはつねにに拡大再生産を限定することになるのかどうか。形式的にいえば定義上そうだということになりますが。
  2. 「侘美氏は、生産価格の水準・価値の水準は、好況期に上昇し恐慌・不況期に引き下げられる物価の景気循環的変動の内において初めて規定される、それ故に、利潤率の均等化・生産価格論は、総過程論の「第一章、利潤」においてではなく、総過程論の展開全体を通じて説かれるべきものだとする。」ということですが、物価水準の騰落によって生産価格の規制がはたらくという点と、利潤率の上昇・下落による均等化とは、どういう論理的関係になっているのでしょうか。
  3. 「「社会的資本の再生産過程論」においては、W'n……W'n+1視点から、商品資本の単純・拡大再生産が、諸資本相互の絡み合いを通じいかになされているかが分析される。」ということの文意。
  4. 「固定資本と流動資本との区別が、単に(貨幣)資本の回収・回転の差異と規定されると、毎日新しいパンを生産・販売し賃銀は月給制のパン工場では、回転期間は一日で賃銀の回収期間は一ヶ月なのだから、可変資本は固定資本と規定されるしかなくなる。だが、固定・流動の区別は、P……P視点からの、生産的資本の更新における区別であるという点が忘れられない限り、支払様式如何に拘わらず可変資本は流動資本と規定される。」というのも、かねてからわからない点です。固定資本と流動資本の区別は、生産資本の価値移転の仕方の区別だ、ということ以上の意味があるのでしょうか。

    総じて侘美原理論の射程というのは何なのでしょうか。青才さんの批判も知りたいところです。

添付ファイル: fileaosai-takumi.doc 235件 [詳細]

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Last-modified: 2021-02-20 (土) 17:32:13