地域通貨の背景に潜む市場観

obata (2006-05-13 (土) 00:25:26)

ウォレス・ペアの労働証券が需給一致を想定していない(結果的にだが)ものになっている。ここから逆にふり返ると、オーウェンの労働貨幣の考え方が、事実上、需給均衡を当然のことと前提とした市場観にたっている。このあたり、今日の報告でおもしろかった点でした。

社会主義経済計算論争との関係

塚本恭章 (2006-05-13 (土) 10:46:08)

小幡先生が指摘されているように、事後的に総括したときに、労働証券ないしは労働貨幣をめぐるある種の論争を通じて市場像の相違が浮き彫りになったという点は興味深い考察結果だと思います。ここでは「貨幣をめぐる論争から市場像」へという流れになっている。両大戦間期の社会主義経済計算論争でも市場像(新古典派とオーストリア学派)の相違が明確化されたが、貨幣それ自体が考察対象になっていたとは必ずしもいえない。西部氏の研究もオーストリア学派の市場像を評価しつつも、その背後にある貨幣像までは突き詰められていないという問題意識で、地域通貨の研究にむかった。ここではむしろ「市場像から貨幣像」という流れになっている。19世紀と20世紀を通じて、市場と貨幣をめぐる議論がいわば交差しながら進展してきている点は新鮮な発見でした。

追加:市場理念と社会主義

塚本恭章 (2006-05-21 (日) 02:12:05)

結城君の別の論文「プルードンの社会主義とマルクスの市場理論」に基づく報告を研究会で聞きました。以前のタイトルは「市場理念と社会主義」となっていました。プルードンは「生産物と生産物の等価交換」を(本来の)市場の理念と想定し、それを歪めている現実社会の<貨幣・利子・国家>を廃棄する思想を強調していた。ランゲは、市場経済の原理・理念を「新古典派一般均衡理論(パレート効率的な資源配分とそれを評価する厚生経済学の基本定理)」と理解し、それが描き出す純粋の市場モデルを社会主義経済は実現し得るという思想を強調していた。両者における市場理念(ないしは市場経済の原理)は異なるが、現実の資本主義経済で歪められたそうした市場理念が社会主義(プルードンは無償信用論、ランゲは市場社会主義)においてこそ真に実現するという点では共通していると考えられます(ワルラス的な集中的市場像を想定している点でも、両者は一致している)。


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Last-modified: 2021-02-20 (土) 17:32:13