2014年度/夏学期

スミスの「先行的蓄積」

Wealth of Nations, Book II, Of the Nature, Accumulation, and Employment of Stock

Introductionの3パラグラフ目冒頭

"As the accumulation of stock must, in the nature of things, be previous to the division of labour, so labour can be more and more subdivided in proportion only as stock is previously more and more accumulated."

「本源的蓄積」

  • これは蓄積か?
  • 「二重の意味で自由な」労働者の創出は「本源的蓄積」なのか?

少なくとも,

  1. 資本主義の外部からの収奪(外生的)
  2. 小生産者による剰余の蓄積(内生的)

という2通りのパターンが考えられるが,2.の観点は『資本論』ではよわい。

なお,『資本論』の「本源的蓄積ursprüngliche Akkumulation」の初出は,今日読んだ第1巻第21章のようです。

流通論での固定資本規定

「それにたいして,流動資本の何回かの回転の過程で,すなわち商品の連続する販売過程で,部分的に回収が繰り返され,それが累積して全体の回収が完了するような売買活動資本の方は,商品買入資本の回転とは独立した別の回転の仕方をしているわけであり,この一回転期間は流動資本の一回転期間より長いが,この資本部分の回転は商品買入資本の回転にたいして副次的なものであるといってよい.この部分は固定資本と呼ぶことにする」(山口重克『経済原論講義』60頁)

「労働者の再生産」

「彼の消費手段は,単に一生産手段の消費手段であるにすぎず,彼の個人的消費が直接に生産的消費である.しかしこのことは,資本主義的生産過程の本質には属さない一つの濫用としてあらわれる」(K., I, S.597)

「労働力と交換して手放された資本は,生活手段に転化され,この生活手段の消費は,現存の労働者の筋肉,神経,骨,脳髄を再生産し,新たな労働者を産むに役立つ」(ibid.)

「労働者階級の不断の維持と再生産とは,依然として資本家の再生産のための恒常的条件である.資本家は,この条件の充足を,安んじて労働者の自己保存本能と生殖本能とにまかせておくことができる」(S.598)

生活物資で以て労働力が生産される,と考えるなら,「個人的消費」を直接「生産的消費」と見てしまってよいことになるが,それは「資本主義的生産過程の本質」ではないとされる。

「労働者の再生産」「労働者階級の再生産」は強調されているが,生活物資の消費過程は「労働力の生産」とは言わず,「個人的消費」として区別している?

他方,第4章では

「個人の生存を与えられたものとすれば,労働力の生産は,彼自身の再生産または維持である」(S.185)

となっており,「労働力の生産」=「労働者の再生産」。

ehara


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Last-modified: 2021-02-20 (土) 17:32:13