『資本論』第1巻を読む II 第5回

第5章 第1節「労働過程」

第4章「貨幣の資本への転化」は、この一つの章だけで、同名の第2篇を構成しておいます。ちょっとちぐはぐな感じなのですが、続く第5章から第9章まで、今度はかなり長い第3篇「絶対的剰余価値の生産」を構成するかたちになっています。

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『資本論』第1巻を読む II 第3回

第3節「労働力の購買と販売」

「価値通りに買い価値通りに売り、しかも、この過程を通じて出発点の価値を上まわる価値が発生する」こんなことが可能だろうか?第2節の終わりでマルクスはあらため一般的定式 G—W—G’の矛盾を提示します。続くこの第3節では、労働力という商品の価値について説明し、第5章の第1節「労働過程」を媒介にしながら、第2節「価値増殖過程」で労働が新たな価値を生みだす過程を分析することで「手品はついに成功した。貨幣は資本に転化した。」(S.209)と宣言します。一言でいえば、労働力商品の使用価値である労働が新たに生みだす価値は、労働力の再生産に必要な労働時間で決まる労働力商品の価値を超えうる、というのがタネ。でもたいてい、謎解きというのは、答えをきけばアタリマエでつまらない話になります。せっかくですから、ここでは謎解きとしてではなく、労働力商品(化)とはなにか、もう少し中味にたちって考えてみたいともいます。

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ちょっと変わったまんまの経済原論

6年前にまとめた『経済原論』ですが、そろそろ思い切って変えなきゃ、と思いつつ、つまらぬ学派的シガラミにとらわれ、グズグズしています。早くしなくっちゃ….

ところで、この本をだしたときに、コマーシャルのために書いた雑文、読めくなっているよ、とご注意くださった方がいらっしゃいました。1992年から永らくご愛顧いただきましたサーバー http://georg.e.u-tokyo.ac.jp は勤務先のセキュリティ管理がきつくなったので廃盤としたため、この間しばらく読めないままになっておりました。ここの「ちょっと変わった経済原論」(『UP』445, 東京大学出版会 2009年11月号)に貼ってあります。コンテンツはこちらの公開ページに移しました。

さて、この雑文の41頁で次のように書いたのですが、これが「マルクス経済学に一言」に対する私の「一言」ということになります。

ところが、二〇世紀末にはじまった冷戦体制の崩壊は、プレートそのものの大転換であった。新たなプレートを突き動かすマグマは、冷戦体制のもとで右からも左からも低開発を強いられてきた地域・国家における資本主義的発展であった。これをグローパリズムとよぶとすると、社会主義諸国の崩壊と先進資本主義国を席捲した新自由主義の台頭は、みなこの同じプレート上での地殻変動であった。

「雑文」を口実に、いろいろ言いたいことは言ってしまった感じです。「どうもあいつは何を考えているのかわからない」という方は、ひとまずこれをご覧ください。賛否はともかく、私が考えようとしている方向はわかるはずです。今は昔、なんて「そんなことは知りたくない」と思っている人を除けば…